レコード&CDショップVELVET MOONの通販サイトです。主にイギリス・フランス・ドイツを中心に、アートロック、ドリームポップ、女性ヴォーカル、フレンチポップス、シャンソン、トラッドフォーク、プログレ、電子音楽、ニュー・ウェイヴ、ネオ・アコースティック、エレクトロポップ、ゴシック、サウンドトラック、ボサノヴァ、ワールドミュージックなど。カテゴリは重複しておりますが、アートの匂い、素晴らしき表現者としてのボーカリストたち、実験精神とポップの融合するアヴァンポップ、ジャケットやビジュアル愛も強いです。有名無名も壁はなく愛する音楽、映画や本などをセレクトして扱っております。好きなアーティストや作品への拘りもありコンディションの良い品揃えを心がけております。どうぞ宜しくお願い致します。
●『クララの森・少女愛惜』●サブchouchouの趣味のサークル『BRIGITTE』(フレンチ・女性ヴォーカル・映画と文学・少女愛好の会)内のブログです。心のミューズたち、永遠の少年少女たち、素晴らしき歌姫や女優たち、音楽・映画・文学・アート等について気ままに綴っております。ブログ内で参考にさせて頂いた作品の在庫のないものもお取り寄せ可能なものは販売させて頂きます。お気軽に「お問い合わせ」ください。どうぞ宜しくお願い致します。

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サブchouchouの「シャンソン&ロック&映画鑑賞、そして百折不撓日記」
サブchouchouの「シャンソン&ロック&映画鑑賞、そして百折不撓日記」:34
2019年03月20日

 皆様、いつも大変お世話になっております。弱小店ながらVELVET MOONは25歳になりました。ありがとうございます。でも、まだまだなのです。30年、40年と続けられる限り地道に頑張って参りたいと思います。ここ数年はボウイが亡くなりボウイロスは今も消えません。さらに体調を崩したり、昨年は地震や台風という大きな自然災害に見舞われ、なかなかお仕事に専念できない日が続きました。まだ完全ではないのですが、ようやく軌道修正に向かい始めたという感じです。  

 私が社会人になった頃、直ぐにバブルが崩壊しました。なので直接バブル時代をお仕事と共に体験したという感覚は希薄です。しかし、大好きな映画や音楽と出会った頃の私はやはり良き時代の恩恵を受けていたのだと、毎日多忙に働く父や家を守る母、そして愛しき日本に感謝しています。ワールドミュージックが好きになったのも、豊かな社会で各国から多様な音楽作品が輸入されていたからです。殊に、私は今は無き京都の行きつけのレコード屋さんで探しているレコードの品番をメモしては、取り寄せて頂いたりしていました。既にフレンチ・ポップスやシャンソンなどが好きでした。ヨーロッパ盤は高かったのですが、今の私の糧になっていると思うと幸せなことだと思います。  

 VELVET MOONは25歳になりましたが、初心を忘れず芸術至上主義で生き続けます!社会人になり音楽関係のお仕事に就きましたが、ある日の会議で社長さんが「もう芸術至上主義の時代は終わった」と仰いました。なんだか「ガツン!!」と私自身が否定された瞬間のようにショックでした。何も知らない私にとてもお優しい上司や同僚の方々との日々でしたが、やはり「数字やデータ主義」には付いては行けず、紆余曲折の末、同志でもあった当店店主と一緒に独立し今に至っています。  

 人生の半分を過ぎた今の私ですが、成長が足りないのか、頑ななのか、10代の頃の悦ばしき衝撃が今も新鮮に蘇るのです。例えば、私は10代の頃からから黒いお洋服を日常とし今も変わりません。「黒の衝撃」というのはファッションと音楽共にあり、それらの影響を一身に受けたのかも知れない。黒の素晴らしさを知るには他の色も知らなくては!と思い色々試してみたけれど、やはり「黒」に勝るものはないのだと私は確信したように思います。80年代前半から平成が終わろうしている今...時代は変われど継承されながら新しい感覚や世代が生まれる。パンク世代に遅れた私は何から「黒」を先ず感じたのか...と記憶を遡ってみました。  

 やはり「黒の衝撃!」は山本耀司や川久保玲のお洋服を知り得たことが源流だと思えます。今もファンであることに変わりはありません。それらのファッションをグラビアの美少女たちが纏うお姿にうっとりした。けれど、まだ学生の身でそんな高価なお洋服は買えないのでした。そこで、それらしき布を購入してきては母のミシンで我流の粗だらけの縫い物をしそれらを身に着けてもいた。奇しくも同じ頃、私が魅せられたアーティストたち。ブリジット・フォンテーヌ、ニコ、マリアンヌ・フェイスフル、バルバラ、ジュリエット・グレコ、マラリア、コクトー・ツインズ、デッド・カン・ダンス、バウハウス、シスターズ・オブ・マーシー、ニック・ケイヴ、灰野敬二...どなたも黒の美学者であると思う。デヴィッド・ボウイやジョイ・ディヴィジョンは英国ゴシック・ロックに欠かせない。ポーティスヘッドが影響を受けたアルバムに「ジギー・スターダスト」が入っていた。私には英国の90年代以降のあのブリストル・サウンドにゴシックを感じるのです。マッシヴ・アタックのアルバムにコクトー・ツインズのエリザベス・フレイザーがヴォーカル参加された時、何の驚きもなく自然とその音楽を聴き入れることができました。  

 VELVET MOONをオープンして店頭でもやはり黒いお洋服ばかり着ていました。ある日、仲良くなったお客様に「お姉さんはどうしていつも黒い服ばかり着ているのですか?」と訊かれ、上手く答えることができなかったけれど「黒が落ち着くので...」というような曖昧なお返事をして苦笑していたことを思い出します。でも、その言葉は嘘ではない。落ち着くから着ている。私の時代にゴシック・ロリィタという言葉はなかったけれど、「ゴシック」あるいは「ゴチック」という言葉は好きでした。ニコが「私の音楽はゴシック」とインタビューで読んだことも影響しているのかもしれません。  

 昨今、音楽ではゴスというと主流はゴシック・メタルかゴシック・インダストリアルなのでしょうか。詳しくないけれど聴くと好きなものもやはりある。けれど、私の好きなゴシックには憂いが必要で、テンポはあまり必要としないかも。スローあるいはミドルが良い。物憂げな暗鬱さの中の儚きロマンが好き。そんな音楽は実は一定の音楽カテゴリーで語ることなどできないといつも思う。デス・ヴォイスもエンジェル・ヴォイスも好き。エレクトロなサウンドでもケルト世界にもシャンソンにもジャズにも、それらを感じることが出来るのです。全ての音楽を聴くことは無理なので私の好きな「黒の美学」や「耽美」「優美」「甘美な世界」を愛し探求しています。また、建築様式としても、ゴシック・リバイヴァル時代の文学や絵画などもやはり好きで、ルネサンスやロマン主義、象徴主義、ラファエル前派という世界も限りなく好きです。  

 25歳になったVELVET MOONの志のようなもの。それはやはり「好きな世界を追求し続けること」「芸術至上主義で生きる」です!偏愛ともいうべき愛しき芸術たち。時代や国々を往来しながら、アートから学ぶことで日々のエネルギーとして生きることができる、そのお陰でこれまで生きて来られたのですから。人生はそんなに甘いものではないけれど、「何故?」の追求ばかりで埒が明かないけれど、好きであることへの拘りは強くなるばかり。いまさら捨てることなどできない。これが私の人生、VELVET MOONとの人生なのだから☆  

 こんな調子ではございますが、これからもどうぞよろしくお願い致します♪

 (一部、以前書いたものに加筆いたしました。)

2019年02月07日

皆様、いつもお世話になりありがとうございます。

80年代から大好きな音楽たちを久しぶりに聴いては胸ときめく日々です。贔屓の新しいアーティストもジャンルを問わずいるのですが、多感な時期に出会えた80年代のアーティストやアルバム、楽曲たちは、どうしても思い入れが強く残っています。デヴィッド・ボウイを必死で後追いしながら、80年代のニュー・ウェイヴやフレンチ・ポップスが大好きになってゆく日々は昨日のことのように蘇ります。蘊蓄より感覚で、とりわけ耽美派ロック、アートロックやアートポップの香りに敏感に反応していました。今もその傾向は変わらず、「好き!」と感じたもの、「美しい!」と感じたものをこれからも大切にしてゆきたいと思います。時代もジャンルも超えて☆

2月になりましたが暖冬のようです。大阪は滅多に雪が積もることはないのですが、真っ白な雪を想うことは好きです。真っ青な青空や海を想うことも。

インフルエンザが全国で猛威をふるっています。 どうぞ、お身体にお気をつけてお過ごしください。

青い月の下で出会ったあなた たちまち私を連れ去ってゆく

空は宝石で飾られた玄関 惑わすような月がまもなくやって来る

エコー&ザ・バニーメンの「キリング・ムーン」を聴きながら♪

2019年01月05日

新年明けましておめでとうございます。

旧年中も大変お世話になりました。

昨年は日本列島の各地が災害に見舞われた年でした。 当店も個人的にも初めての大きな自然災害を体験した年でもありました。 そして、多くの方々からお優しいお気遣いを頂き感謝しております。 ありがとうございました。 大阪北部地震や台風の傷跡はまだ私には拭い去ることのできない恐怖でもあります。 しかし、同時に自然に対する畏怖の念をも痛感しております。 また、何とも言えない愛おしい風土をも感じています。とても不思議な気持ちです。 あれから半年過ぎ、平成最後の年末年始を迎えました。感慨深いものがあります。

激変する世界、変わりゆくなか、それでも大切にしたいものが人ぞれぞれにあるのだと思います。 色んな苦難がやってきて抗いながらも、今日、明日、これからをそれでも生きてゆく私たち。

皆様にとって、本年が平穏な良き年でありますように☆

どうぞ今年も宜しくお願い申し上げます。

 ただ過ぎに過ぐるもの

帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。

清少納言 『枕草子』より

2018年02月02日


 皆様、いつもお世話になっております。

 一昨年から怒涛の如く試練がやって来るようです。それでも泣いたり笑ったりしながら今を生きています。諸事情により昨年はほとんど作業ができない年でありました。それでもご注文を頂いたり、お問い合わせを頂いたり、本当にありがとうございます。相変わらず甘い幻想かもしれませんが、やはり、どうしても音楽だけは国境を超えるのだと痛感しています。それは何も世界が一つになるという妄想ではありません。世界各国にはそれぞれの国の歴史や伝統があります。国土や経済的な大小など関係なくそれぞれの民族や文化があります。言葉も沢山!総じてワールド・ミュージックが好きなのですが、それは言葉の意味が分からなくても、楽の調べや楽器の音色や声の響きから感じ取り得るものがあるからだろうと思います。外国の方が日本語の意味が分からなくても“素晴らしい音楽だ”と日本のアーティストの作品を問い合わせてくださり買ってくださる事も増えました。とても嬉しいことです。

 私は若干のフランス語をかじったほどの語学力しか持ち合わせておりませんが、相変わらずフレンチ・ポップスが大好きです。猛暑の中、あちこちと歩かなくてはならない日々でした。ブリジット・フォンテーヌやフランソワーズ・アルディ、そしてエンヤやあまり有名ではない良く知らないヴォーカルアルバムなどをよく聴いていました。元気が欲しいときは、ジャック・デュトロンやポール・ウェラーに勇気づけられていました。フランス・ギャルもそんな大切なお方でしたが新年早々の哀しい訃報に今も沈みます。ボウイはいまだにあまり聴けません。でも、モリッシーも語っていて嬉しかったのですが、ボウイは本当に伝説となり歴史になったのです。これからもずっとボウイが大好きですし、星の王子様のようなお方に思うので夜空を見上げることが増えました。

 苦しい時にも音楽は友達であり続けてくれました。そして、気にかけてくださる方々にも感謝しています。音楽で繋がる人達。みんな一人一人違う。違うことの素晴しさを尊いと心から感じています。混沌たる世界の中で、それでも光をもとめて☆

 今年は去年サボった分まで自分の器内ではありますが頑張りたいと思います。
 今後とも、どうぞよろしくお願い致します。

 身にからみついた音の響きから抜け出ることはできない。

 エドゥアルト・ハンスリック

2016年12月30日

 皆様、いつもお世話になっております。  

 いよいよ2016年は終わり新年を迎えます。個人的には哀しい年ではありましたが、得たものも多い一年だったと思います。もう世界中でいつ何が起きるのか分からない...そんな混沌とした不穏な情勢の今という時間を生きているのだと思っています。けれど、出来るだけ前向きに、小さくても夢や希望、光や幸せを感じていたいです。こんな時こそ、青空を見上げて夢を語っていたいのです。  

 夢を抱きながら現実を直視し生きるということは相反するものだとは思えないのです。甘いなあ~などと笑われることもあるのですが、私はそのように生きてきた気がします。ガツンと折れそうになる事もしばしば。それでも、これからもそのように生きて行くのだと。人それぞれの人生があり、泣いたり笑ったりして生きている。紛争地で生きる小さな子供達も。空を羽ばたく鳥たちや可憐な花たちも。平和ってなんだろうな?と自問します。答えは実はそう簡単ではない。でも、光をもとめて!時に闇を見つめなくてはならないけれど。  

 音楽や映画は私の友人であり師でもあります。永遠のヒーローであるボウイがいなくなった年でした。秋頃まで何も出来ないようなポカンとした状態。けれど、ボウイ美学から私は何を学んで来たのだろう!と自戒を込めて猛レッスンに打ち込む実践に挑みました。その中で僅かながら見えて来たものを感じています。そして、それはきっと糧となってゆくのだと信じて☆  

 一期一会。ご縁に感謝しております。こんな調子ではございますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 皆様にとって、新年が良き年でありますように!

 いま私にはいくつかの考えの糸口が見えてきたように思います。なぜ一音なのか-。また、なぜ間なのか。-私自身の発音のなかで考えていくしかないように思います。 

 武満徹

2016年11月18日

 2016年11月11日(日本時間)、レナード・コーエンの訃報に涙しました。今も綴りながら。新年早々のボウイの死。悲しみという感情も時を経る中で変化があるようです。個人的なその日のコンディションにも左右される微妙なもの。アンジェイ・ワイダ監督も亡くなり、国内外と思い入れの強い、なにかしらの影響を受けてきた方々の訃報が押し寄せる。まったく哀悼が追いつかない日々。けれど、レナード・コーエンの死はかなり応えます。享年82歳。激動の時代を生きてきたお方。詩人、作家から33歳で表現者としての領域を音楽へも。ずっと後追いの私如きが語るには恐れ多いのですが、それでも私の青春の中に確かに居られるお方なのです。また少しずつ、レナード・コーエンについて感謝の気持ちと共に綴りたいと思います。

 優れた詩人であり、シンガー・ソングライターであり、禅の僧侶でもあるカナダ生まれの漂流の人。レナード・コーエンさん、さようなら。ありがとうございます☆

 今年は哀しみの年のようです...。
2016年06月27日

 本当に世界はカオス化して来たとしか思えません。日本では何をするのか分からない奇妙な隣国との問題が日増しにレベルアップしていますけれど。それにしても、英国のEUからの離脱が国民投票によって過半数を獲得、というニュースは衝撃でした。これから暫くは混乱状態が続くとしても、誇り高き英国の尊厳を強く感じてもいます。このような国の主権に関する大問題はどちらが正しいのかは良く分かりません。ただ、2016年6月23日(日本時間の24日)が歴史的な日として刻まれた事は間違いないと思います。  

 ミック・ジャガーやマイケル・ケインは離脱派、ブライアン・イーノやエマ・トンプソンは残留派の声明を出されていました。洋楽はブリティッシュ・ロックから入った私はやはりこの日の結果が気になっていました。ボウイが生きていたなら、きっとご自分の意見を発していたことでしょう。そんな事を考えながら...。拮抗した結果でしたが、やはり移民(難民)問題が大きいとの事。日本も他人事ではない。政治難民と経済難民は異なるので安易な事ではなく、テロの危険もあり、しっかりした政策が必要なのだと思います。  

 「和を以て貴しとなす」という美しい言葉を持つ日本ならば、異国の人々、歴史、文化、宗教などの差異を認めながらも寛容に受け入れることができるのだと個人的には思っています(不法入国管理は厳重に)。私には生まれて間もなく亡くなった姉がいるのですが、その幼子のために両親が揃えた少年少女全集があります。後に生まれた私はそれらの書物に子供のころから親しみ、今も時折読み返します。日本は稀有なる垂直の国。その意味では英国も然り。同じ島国でもあり、長い伝統と歴史の中には学ぶべきことはあまりにも多い。どのお国にも幾多の動乱の時代を乗り越えて今がある。「温故知新」大好きな言葉。とりわけ「19世紀」に思いを馳せることが多いのですが、その時代のフランスの詩人による大好きな詩を胸に♪

輪おどり

詩:ポール・フォール 訳:西條八十 (西条八十)

世界じゅうの女の子が そろって手と手をつないだら
海をめぐってぐるぐると 大きな輪ができましょう。
世界じゅうの男の子が みんな水夫になったなら
船をならべて波のうえ きれいな橋がかかるでしょう。
だから世界の人たちが みんな手と手をつないだら
世界のはしからはしかけて ぐるりとおどってまわれましょう。
2016年06月07日

 今年も早いものでもう半年近く過ぎました。年明け早々、国内外で様々な事が起きます。明日、何が起こるのか予期できない混沌とした世界情勢の時代を生きています。年末は広島に行く機会があり、小学生以来の広島原爆ドーム、資料館、街並み...に深い思いを抱いて大阪に戻って来ました。

 オバマ大統領の広島訪問、人それぞれ、複雑な気持ちだと思います。私もなのですが、それでも良かったと思えます。  「雨降って地固まる」という諺を教えて頂いた幼少の頃から、この言葉がずっと好きです。人と人、また時には国と国とだって...。英語だと「After rain comes fair weather」が近い様です。

 当店は洋楽を主に扱っていますが、やはり日本語は大好きだなぁと再確認する今日この頃です。総じて、ワールドミュージックが好きなのですが、それは音楽を通じて知らないお国の風情や時代を感じることができるからだと思います。さっぱり分からない言葉でさえ、楽の調べと共に心に響くのです。違うからこそ尊いのだと常々思います。  

 嗚呼、相変わらずボウイロスの日々です。それでも泣いたり笑ったりしながら、今日を、明日を生きるのです。今も避難生活をされている人々も多い。小さな子供たちが送られてきた絵本を愛らしい面持ちで読んでいるニュースがありほっこりしていました。  

 春は過ぎ、細長い日本列島を梅雨前線が北上中です。今日の大阪は雨。雨を窓越しに見つめながら...ふと、大正から昭和の彗星の如き童謡詩人、金子みすゞの言葉を想起していました♪

金子みすゞ  
雨のあと
日かげの葉っぱは なきむしだ、 ほろりほろりと ないている。
日向の葉っぱは わらいだす、 涙のあとが もうかわく。
日かげの葉っぱの なきむしに、 たれか、ハンカチ かしてやれ。
2016年03月11日

咲き誇る満開の水仙

あの未曽有の東日本大震災から5年。避難生活を送られている方々もまだまだ多く。当店は開店から間もなく22年になりますが、これまでに東北の方々からもご注文を頂きお届けさせて頂いて来ました。みんな生活する地域はそれぞれ違うのですが繋がっています。もうすぐ春も本格化!沖縄から北海道まで細長い日本列島に桜が咲き誇ります。どうぞ、皆さま、お元気に日々をお過ごしください。ご縁に感謝しています。被災地に心を寄せつつ♪

花暦・三月 「水仙」 ~希望の象徴として、今年も祈りとともに咲きます。

1995年1月17日阪神淡路大震災の折、皇后美智子様は御所に咲いた17輪の水仙の花を被災地に手向けられました。これを機に水仙の花は「希望の象徴」となりました。そして、2011年3月11日の東日本大震災では、宮城で津波に襲われた女性が自宅のがれきの中に咲く水仙を花束にして「この花のように強く…」と皇后陛下と言葉を交わし、花束は皇后さまの手に渡り、御所へとお持ち帰りになったそうです。手向けられた17輪の水仙はその後エバーフラワー(加工)となり、今も神戸に咲き続け、持ち帰られた小さな花束は人々の記憶に残りました。そして、水仙は復興の希望の花となりました。

《参考・引用》
http://www.tenki.jp/suppl/saijiki_shuuka/2016/03/11/10421.html
国営ひたち海浜公園
2016年02月18日

皆様、いつもお世話になっております。
ラジオのお知らせでございます。

ラジオ番組『simple style -オヒルノオト-』内のコーナー「オヒル ノ オト」(お昼の音)の選曲をさせて頂きました。テーマは自由に決めさせて頂いたのですが、お昼の番組ですので明るめの曲を選びました。私の拙いコメント音声(テーマについて)も流れます。
どうぞよろしくお願いいたします♪

『simple style -オヒルノオト-』
番組は11:30〜12:55の生放送です。
パーソナリティ:リアド慈英蘭(リアド ジェイラン)さん

「オヒル ノ オト」(お昼の音)
2月12日(金)、2月19日(金)の2回
12:07頃〜12:27頃の放送です♪

選曲者:chouchou (RECORD&CD SHOP VELVET MOON)
2/12金 放送
テーマ
『昼下がりのアートポップ☆素晴らしき哉、人生!』

2/19金 放送
テーマ
『昼下がりのフレンチポップ☆シネマティック・シャンソン』

★JFNネットワークで、ネット局はFM群馬、FM石川、FM岐阜、FM三重、
FM山陰、FM岡山、FM徳島、FM高知、FM長崎です。

上記の各ネット局で視聴可能なようですが、
その他の地域の方々はアプリサービスで全国視聴可能です。
ご都合が合いましたら、是非お聴きくださいませ♪

●ドコデモFM●
全国のFM放送を放送エリアにかぎらず31日間無料だそうです。
http://www.docodemo.fm/pc/index.html

●スマートフォンでFMラジオ●
詳しくないのでよく分かりませんが、ラジオが無くても聴けるようです。
http://keitai.fm/kikikata/pc/index.html

番組HP simple style-オヒルノオト-
http://www.jfn.jp/RadioShows/oto/

★大好きデヴィッド・ボウイが亡くなり一ヶ月経ちました。比較的、心は平穏なのですがポカンとした寂寥感はなかなか消えそうにありません。色んな出来事が次々と起こりますが、それでも今を、明日を生きるために光をもとめ続けたいです。

どうぞ、皆様、お体にお気をつけて健やかにお過ごしください。
今後とも、よろしくお願いいたします☆
2016年01月11日

2016年01月03日


2015年12月04日

2015年11月16日

この度のパリでの悲惨な出来事により犠牲になられた方々に哀悼の意を込めて祈りを捧げています。フランスの音楽や映画を愛し続ける者としてささやかながら...☆
2015年10月11日
 「ゲンスブールナイト大阪 2015」無事、大盛り上がりで終了いたしました☆

 私自身は久しぶりにほんの少しだけDJをしまして、お越しくださったお友達からお写真を頂きましたので小さくして載せています♪

 サエキけんぞうさんとグルーヴあんちゃんとご一緒にオープニング・トークも昨年ぶりでした。まったく打ち合わせ無しなのですが、あっという間に楽しく終わりました。録音しておけば良かったのですが、ちょっとドキドキしていたもので...残念ですがいつもこんな調子です。

 何より、個性豊かな出演者やスタッフ、そしてお久しぶりにお会い出来たお客様たち。いつも当店や私を勇気づけてくださる人達、友人達に感謝しています。ご縁を嬉しく思います。

 ご都合が合わず、わざわざご連絡を頂いた方々もありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします☆
2015年10月07日

  詳細は「お知らせ」または ⇑ 画像をクリックしてください♪

★前売りご予約は当店でも前日の夜24時まで承っております。
(このサイトの「お問い合わせ」よりご予約ください。)

今年も「ゲンスブールナイト大阪」が近づいてまいりました☆
昨年は台風で路線が運休となったりと大ハプニングの中での開催でした♪
私chouchouも今回もDJとトークショーで参加させて頂きます。
(from 大阪)はDJとVJなど、グルーヴあんちゃんとVelvet Moonの仲間達で☆

ゲンスブールってだれ?ジェーン・バーキンの名は聞いたことあるけど、フレンチポップって良く知らないな~というお方も、気さくなイベントでバラエティに富んだ楽しいライヴばかりですので、是非、遊びにいらしてくださいませ☆

皆様、お気軽にご参加くださいますよう、
どうぞよろしくお願いいたします♪
2015年10月07日

苦手な夏で絶不調のサブchouchouですが”負けないぞ!”と何に向かって言っているのかも分かりませんが生きています。歳を重ねてきた中でほんの少しずつながら見えてくるというのか、ようやく感じることができるという感慨深い思いに浸っています。私にとって、音楽というものが如何に大切なものであるのか...”大好き!”だとずっと思って来ましたが、よく考えてみると人生を共にしているのです。きっと、数えられないくらい助けて頂いたりエネルギーを頂いたりして来たのだと思います。

80年代育ちのバブルの時代(社会に出てからは下っ端で働き尽くめでしたけれど)をのうのうと過ごしました。多くの浪費の大半がレコードとお洋服。女の子ならもっと可愛い雑貨とかアクセサリーやグルメ...周りの友人たちの多くはそうでしたが、私はレコード屋さんに行く日が何よりも楽しいのでした。私の高校生時代はまだ学校のお休みは日曜日と祝日などで、土曜日は午前中は授業がありました。日曜日は唯一のゆっくり過ごせる曜日なので、用事は土曜日に済ませることを望みました。日曜日は朝早くから起きてレコード鑑賞。プレーヤーに目覚ましをセットし、アームがガチャっと音を鳴らし、その音で爽快に目覚める日々でした。変な音楽を色々セットしていました。MX-80サウンドやレインコーツとか...何故かその当時の私の目覚めに最適だった曲たちがあったようです。そうそう、レコード屋さんに行くと、先ずは「ニュー・リリース」のコーナーに行き、その後は端から端まで見ますので、すぐに時間は経過するのでした。その上、私はゆっくり眺めるのでさらに時間がかかるのでした。今でも遅いです。店主は幾度も買い付けに出向いているので私の何十倍も早いです。時には上から見ただけで作品を見つけることがあります。きっと、同業の先輩方にもそのようなお方はおられると思います。

ずっと中古盤は主に店主の担当で私は新品ものを担当していました。磨いたり大変なのです、中古盤!今は私もその作業に追われる毎日です。手を毎日何度も洗う変な癖があるのでハンカチは常に持っていないと困る子供時代から今も変わらず。中古盤の扱いは慎重ですので大変です。時々手が荒れてしまうこともありますが、昨日も見開きジャケの内側に今までよく読んでいなかった記述に感動的な発見があり大喜び!

ロックとシャンソン、共に大好きです!母はシャンソン好きでもロックを聴いているのを見た記憶がありません。父もです。映画音楽とか日本の歌謡を聴いていました。私はそんな影響を受けながら80年代の音楽を聴きながら古い音楽を平行して聴く中で、次第と古臭いと感じていたシャンソンにいつの間にか魅せられていたのです。母の好きなエディット・ピアフの曲が今は涙が出るほど好きです。年月がかかりました。私が初めて自らフランスのシャンソンを聴いたのはブリジット・フォンテーヌです。そして、フランソワーズ・アルディ。そして、バルバラです!バルバラの音楽を知ることでやっと、シャンソン・フランセーズを意識したように思います。そして、当時再発されていたシャンソンのレコードを色々と買い始めました。日本盤のみの近所のレコード屋さんは、いろんなジャンルの音楽を扱っていましたが、私は片隅に静かに佇む小さなコーナーから選ぶことが多かったです。ダミアのレコードとスロッビング・グリッスルのレコードを同時に買うのです。そんな私の音楽の傾向は今も変わらずますます広がるばかり。でも、核なるものは不変。それらはVELVET MOONでも同じです。

上手い具合に出来ていまして、私は女性ヴォーカルを主に好むのですが、店主は男性ヴォーカルの方をより好み、またはヴォーカルの無い音楽も好みます。私も男性ヴォーカルに好きなお方も多いです。フレンチポップだとやはりセルジュ・ゲンスブールですが、ジョルジュ・ブラッサンス、イヴ・モンタン、シャルル・アズナヴール、ジャック・イジュランをよく聴きます。もっとも新しいお方でリピート率の高いお方はジャン=ルイ・ミュラです。ミュラもベテランの域になっています。

フランス以外のお国ではやはり我がカリスマ!デヴィッド・ボウイ、ピーター・ハミル、レナード・コーエンは無敵です。ビドやローレンス、マーク・アーモンドのヴォーカルも大好きです。そんな鑑賞日記を此方ではと思いますので改題いたしました。宜しくお願いいたします♪

2009.7.18.に書いたものですが本日より再開いたします。

2014年03月03日

 ドイツの美貌の歌姫ウテ・テンパー(UTE LEMPER)は麗しい容姿のみならず、歌手としてもとても優れたお方でコンサート活動も精力的に行っておられる。マレーネ・ディートリッヒとエディット・ピアフを敬愛されており、クルト・ワイル作品などと共に幅広いレパートリーをお持ち。ドイツ語は勿論、フランス語、英語曲も多い。また、映画にも出演されている。女優としての素質はライヴを拝見しても充分に伝わるもので、"天は二物を与えた"稀有なる歌姫のお一人。  

 この『STREETS OF BERLIN』はウテ・レンパーのアルバム『PUNISHING KISS』(2000年)の中に収録されているものであり、ショーン・マサイアス監督の映画『ベント 堕ちた饗宴』(1997年)の中でミック・ジャガーが歌っていた曲でもある。楽曲はこの映画の原作戯曲者であるマーティン・シャーマンとフィリップ・グラスによるもの。この映画は重く悲しいけれど大好きなもの。映画の中ではミックが女装して歌うクラブの退廃的な冒頭シーンと、エンド・ロールでもフルで歌われる曲でもあります。  

 ★下の動画は、カッコいい!ウテ・レンパーの2007年のライヴでの『STREETS OF BERLIN』と、映画『ベント 堕ちた饗宴』のミック・ジャガー(グレタ役として)が歌う素敵な場面です。


UTE LEMPER/PUNISHING KISS 【CD】

「ベント 堕ちた饗宴」 【VHS】

 映画『ベント 堕ちた饗宴』の事は、『クララの森・少女愛惜』にて少し綴っています。

2011年06月18日

 1991年のベルギー映画『トト・ザ・ヒーロー』が大好き!この映画は不思議なファンタジー映画。監督はジャコ・ヴァン・ドルマル。劇中で効果的にこの『ブン』が使われている。この映画のことは以前少し触れています。此方では本家のシャルル・トレネの古い映像がありましたので掲載させて頂きます。この曲は1938年のシャルル・トレネによる作詞・作曲。同年、映画『輝ける道』(ピエール・カロン監督)の中でご本人が歌われているのだそうですが未見です。"チク、タク、チク、チク”や”ピク、パク、ピク、ピク”、そして”ブ、ブン!”と僕らの心が鳴る。この擬音語と軽快なリズム、愉快な歌声が好きです。「シャンソン」にも色々な名曲が沢山ありますが、このようなファンタジックなシャンソンも魅力のひとつです。モノクロの美しい舞台で心和みます。優美な時代に夢を馳せて♪

シャルル・トレネの「ブン!」です。大好きなシャンソンの名曲の一つです♪

シャルル・トレネ:CHARLES TRENET  

1913年5月18日生まれ 没年:2001年2月19日  

 ★第二次世界大戦前から戦後にかけて活躍され、多くの名曲を残された「シャンソン」というと欠かせないお方のおひとり。私の個人的な好みですが、幾つものお写真を眺めていると、その朗らかなクルクルした瞳の輝きが好きです。「シャンソン・ファンテジスト」の代表的なお方でもあります。あと、帽子姿が多いです。  

 ベスト盤などに必ずと云ってよい程、収録される名曲に1937年から1938年録音ものが多く、「喜びあり(Y A D'LA JOIE)」「青い花(FLEUR BLEUE)」「王様のポルカ(LA POLKA DU ROI」「ラ・メール(LA MER)」「メニルモンタン(MENILMONTANT)」「ブン!(BOUM!)」「私はうたう(JE CHANTE)」...と大変な時期です。その後も「残されし恋には(QUE RESTE-T-IL DE NOS AMOURS)」「詩人の魂(L'AME DES POETE)」他多くの名曲があります。  

 幼少時から曲を書いていたそうですが、15歳頃にドイツ(ベルリン)に留学されています。美術の勉強をされており絵を描いてもいたそうですが、その道ではなく歌の世界でチャンス到来!そのきっかけとなるお方にマックス・ジャコブとの出会いや映画があります。シャルル・トレネとしての前に「シャルルとジョニー」というコンビで活動されていました。同年代のジョニー・エスというスイス出身のお方と。けれど、戦争という時代もあります。兵役中にも曲を書いていたそうです。『歌う狂人』とも呼ばれる由来は、その在隊中に軍服とも平服とも云えぬ奇妙な格好で町に出向いて歌っていたのを、楽譜出版社のラウル・ブルトンが見初めたことによるものだそうです。愉快なお方です。

 そして、モーリス・シュヴァリエやジャン・コクトーの存在も欠かせません。「メニルモンタン」はシュヴァリエに捧げられた曲です。  

 ※ シャルル・トレネの初期のおおまかな軌跡を以前綴ったものです。私は「シャンソン・フランセーズ」という大きな枠組みでの音楽がやはり好きです。そして、音楽と同等に大好きな映画や文学との繋がりが強い曲が数多くあります。それらはフランスに限りません。音楽と映画が対を成して私の心に刻まれている曲たちは多いようです。

CHARLES TRENET / DOUCE FRANCE
2011年06月15日

 公開時に観てから年月を経た今も私の心に何かが刺さったままのような心の映画の一つである『冬の旅』という映画。アニエス・ヴァルダ監督作品が好きだし、さらに少女モナを演じているサンドリーヌ・ボネールがとても好きです。可能な限り作品を追っています。この『冬の旅』はドキュメンタリー風のロードムービー。18歳の少女が寒い冬の南仏で行き倒れたところから。冒頭から映し出される映像は美しく詩的です。最初と最後は四重奏の音楽が流れます。この少女モナに感情移入できない私がいながらも、羨望のような想いがあったのかもしれません。1985年の作品ですが日本公開は1991年。私は社会人となっていましたが、今よりももっともっと物質的な環境に恵まれて日々を過ごしていました。衝撃を受けたのだとは思いますが感動した映画とは思っていませんでした。  

 マーシャ・メリルという素敵な女優さまも出演されていますが、大半がその土地の人々にヴァルダが台詞を伝えて語っているのです。その人々はそれぞれ個性的です。盲目の老女が出演されます。そのお方と意気投合するモナのシーンが好きです。劇中、もっともモナの素敵な笑顔が見られるシーンです。深いテーマの映画ですので、また観たいと思いますが、大好きな場面は変わらないでしょう。車のラジオから音楽が流れモナの表情が和らぎリズムに揺れるのです。レ・リタ・ミツコの「Marcia Baila」♪この映画と同じ1985年(1984年の1stアルバムからの3rdシングル)のヒット曲です。私はレ・リタ・ミツコが当時から大好きです。2007年にご主人でもあるフレッド・シシャンが癌で亡くなってしまって哀しいのですが、いつまでも彼等の曲を忘れないだろうし、これからもカトリーヌ・ランジェのあの素晴らしい歌声を聴き続けるでしょう。やはり、多感な時期を過ごした80年代という時代は色々な思い出が連なり今も大切なもののようです。  

 原題は「屋根も無く、法も無く」あるいは「ヴァガボンド」。美しく詩的な映像で始まる寒い冬の南仏の木々。アニエス・ヴァルダ監督のナレーションが聞こえる。その中で、少女モナは”海からやって来たのかもしれない”と。凍てつく寒さの中海で泳いでいる。この18歳の少女の死を映し出し、彼女に出会った人々の証言たち。彼等はモナが死んだ事を知らずに語ってゆく。初めて観た折の私は正直モナを好きになれなかった。ヴァルダの作品はそれでも美しく、また、モナの何かが私に記憶され続けていた、今も。年月を経て、今想う事はモナの反抗、自由、孤独の中に見る崇高さのようなものに憧れる。イデオロギーに反発するのでもなく、モナは失うものを持っていない。それは孤独と表裏一体。「孤独」や「自由」って何だろう...人は誰もが孤独ではないか。でも、モナの孤独は死を持って崇高さを獲得したようにも想う。私は「自由」というものを真剣に求めたことなどない。育った環境や教育、モナの年の頃はバブルな時代を過ごしていた。また、私は「失いたくないものがある」。それ故に、社会との鬩ぎ合いの中でバランスを保ちながらどうにかこうにか生きている。ちっぽけな私の愛する王国のために。人生は苛酷なものであるという前提にそれでも、空を見上げることを忘れたくはないと。蒼い幻想...。  

 アニエス・ヴァルダは激動の時代を体験して来たお方。60年代という。この映画の中でプラタナスは重要。アメリカからやって来た菌に侵されたプラタナスは後30年で朽ちてしまうという(ドアーズの音楽が使われている)。それを放っておいてはいけないと研究している独身の女性教授ランディエ。証言の中で、彼女はモナを置き去りにしたことを後悔し、助手にモナを探して連れ戻すように依頼している。けれど、終盤、助手はモナを駅の構内で見つけるけれど、ランディエ教授には見つけたと言わなかった。彼は当初から、モナの汚れた髪や衣服、悪臭を敬遠していた。教授は寛容で「もう慣れたわ」と語っていた。私もモナと知り合えたら慣れていただろうか...。毎日幾度も手を洗う癖のある私がモナの垢だらけの指を我慢できただろうか(これは、単なる私の病理的なことに過ぎないのだ)...。複雑な想いが巡る中、それでもこのモナは光の少女として映る。美しいとも想う、このアンビバレントな気持ち。きっと、私には持ち合わせていない「自由」を持つ少女が羨ましくもあるのかもしれない。  

 それにしても、ヴァルダというお方は強靭だ。純粋無垢な少女として敢えて描いてはいない。モナは行きずりの男性と共に過ごすし、少女の汚れた爪を映し出す。女性監督ならではの感性、と言っても様々なのだと幾人かの女性監督が浮かぶ。私は映画を娯楽として愉しみ、また、多くのことを学び思考を強いられ苦しくなることもある。この作品はそんな一つ。サンドリーヌ・ボネールは撮影当時このモナと同い年位の頃。素晴らしい女優さま!  

モナは旅を選んだ。路上には、日常的な暴力があり、飢えと渇き、恐怖、そして寒さがある。彼女はそれを生き凌ぎ、何事が起ころうと、誰に出会おうとも意に介さない。私自身、彼女にひどくぞんざいにされた。が、それだけいっそう、彼女の孤独に胸をうたれる。(アニエス・ヴァルダ)  

 このお言葉にあるラスト「私自身、彼女にひどくぞんざいにされた。が、それだけいっそう、彼女の孤独に胸をうたれる。」を読み、私は涙に溢れた。上手く心を綴れないけれど、救われた気がしました。

 

レ・リタ・ミツコの「Marcia Baila」です♪

 

冬の旅(さすらう女)/ アニエス・ヴァルダ監督